2012年3月29日木曜日

わたしのマトカ by 片桐はいり




 











春だ!どこかに出かけたい!
 

ついこないだ信州に旅行したばかりだというのに、春の到来に浮かれてどうも落ち着かない。アクセサリーのアイディアが浮かぶと、それも早速作ってみたくなる。

しかしそんな自分を振り切り、100%集中しなければとても訳せないような案件が手元にある。出土した縄文時代の骨に関する資料。考古学的というよりも、どちらかというと解剖学的所見なので一応は引き受けたものの、かなりリサーチが要る。

せめて旅行気分だけでもと、昼休みに他人の旅行記を読んでいるのだけれど、中でも片桐はいりの『わたしのマトカ』と『グアテマラの弟 (幻冬舎文庫)は読みごたえがあった。

彼女が一度見たら忘れられない個性派女優であることは誰もが知っているが、優れたエッセイストでもあることはあまり知られていない。感受性の豊かさ、洞察力の鋭さ、そしてそれを簡潔かつ的確に表現できる文章力にさっぱりとした小気味よい性格があいまって、第一級の痛快エッセイに仕上がっている。

豊かな感受性をもってさっぱりと生きていくことは、彼女を見る限り可能のようだ。

2012年3月21日水曜日

二次元の花瓶:豊田市美術館

















 








久しぶりに休暇を取ってささやかな旅行に出かけた。行先は地方の美術館と料理旅館(こういう宿泊施設のカテゴリーがあることを初めて知った)。帰りに雪の残る白川郷にも寄った。

地方の美術館のすばらしいところ、それは何と言っても人の少なさ。運がよければ、これに上質の展示内容が加わる(入館料が問題になることは少ない)。 

今回訪れた愛知県豊田市美術館は、そのさらに上をいっていた。メイン、サブ、常設、室内および野外オブジェ、レストラン、ミュージアムショップ、すべてにおいてレベルが高く、はっきり言ってその辺の美術館の3倍は楽しめた。 

こんなに楽しかったのは金沢21世紀美術館以来かもしれない。いい美術館で過ごす楽しくも静謐なひとときは、瞑想がうまくいっている時のようだ。

写真はミュージアムショップで買ったオモシログッズ。プラスチック袋の中に水をそそぐと花瓶になる。色違いで2枚入り。

2012年3月12日月曜日

シマ巡り















 



朝8時からみっちり仕事をすると、夕方になる前に頭が使いものにならなくなる。それをいいことに、さっさと机を離れ、買い物袋を手にシマの巡回へ。まだまだ外は明るく、近所の人々が惚けたような表情で歩いている。さて、今日は何を買おうか。 

自分のシマは一応静かな住宅街にあるが、もとは旧京街道に続く由緒ある商店街とあって、何歩も行かないうちにスーパー、花屋、パン屋、肉屋、豆腐屋、布団屋、床屋、薬屋、喫茶店、たこ焼き屋などが軒を連ねている。道路をわたった先にはわりと本格的な園芸屋もあり、いつかリヤカー持参でごっそり買いつけるのが夢だ。 

他に気に入っているのがパン屋と花屋で、スーパーの食料品に加え、まだ温かいパンを丸ごと1本(3斤)と季節の花々で両手をいっぱいにして家に戻ると、いかにも収穫あったという気がして心もいっぱいになる。 

そんなふうにして、こないだ花屋で収穫物を探していたら、ふとデジャブにとらわれた。小さい頃も同じようなことをやっていたな。学校帰りに友達と、駄菓子屋で、本屋で、文房具屋で。

あの頃の自分と今の自分、まったく変わっていない気もするし、完全に別人のような気もする。これまで色んなことがあったが、すべて一瞬にして起こったのではないかと思える時がある。

2012年3月2日金曜日

ナイロン・カーテン




 







 





なんだかんだ言いつつ、翻訳にかかわり続けて20年以上になる。どんな仕事であろうと、長年続ければそれなりの職業病にかかるもの(もちろんそうじゃない人もいる)。 

自分の場合は、「すぐに文字に目がいく」「どうでもいい文をチェックする」「人の文章や言葉遣いまで気になる」「とにかく理屈っぽい」といった厄介な症状があり、うかうかしていられない。最近では用語を厳選してしゃべろうとするあまり、会話の途中で言いよどんだり黙り込んだりすることが増え、挙動不審に見られないよう必死に取り繕う始末だ。 

先日、ビリー・ジョエルの名盤『ナイロン・カーテン』の中の「アレンタウン」を聴きながら、ビリー自身のコメント訳を読んでいたら、「仕事の最中にモンキーレンチを放り投げる者もいた」というところで「ん?」となった。 

戦後の希望の象徴であった工業都市アレンタウンの盛衰について見解を述べているところなのだけれど、「僕らには希望がある。かといって、僕らの両親が戦争の後に抱いていた、例の無限で広大な未来展望を描いているわけでもない」ときて、いきなり「仕事の最中に…」という一文が入り、さらに「そして、突然、僕たちは天然資源を使い果たし…」と続く。 

昔なら確実に読み飛ばしていたが、職業病にかかった今の自分はこういう時、原文をチェックせずにはおれない。 

原文は、「There's been a monkey wrench thrown in the works」。「monkey wrench」は「だめにするもの」、「in the works」は「途中で」という意味があるので、「途中でだめになった」という感じの訳になるはずなのだが・・・。

そこでふと我に返る。自分は一体何をしているのだ?仕事の合間のコーヒーブレイクにちょっとビリーの曲を聴いていたのではなかったか? 

休憩中に余計に頭を使い、仕事に戻った一訳者のかなしき日常。

2012年2月27日月曜日

こねこ(КОТЁНОК)














 


最近観たビデオのうち、ヒットは1996年製作のロシア映画『こねこ(КОТЁНОК)』。猫、子ども、音楽、サーカス…と、自分の好きなテーマをてんこ盛りにした上、驚くほどもっさりした感性と、愚直なまでに優しい目線と、童話のような残酷さをもって作られた作品だ。 

元祖「ダサかわ」というべき、こうしたロシア情緒は、他にも有名な人形アニメ『チェブラーシカ』や、アントン・チェーホフの短編『可愛い女』といった作品の中核になっている。ロシアの農民的モチーフが繰り返し登場するシャガール作品、近年のマトリョーシカ・ブーム、身近なところでは今は無き大阪フェスティバル・ゲート内のロシア書店&雑貨屋「ダーチャ」等、ロシア人気は近代化や洗練化への疲弊から生じた一種の懐古趣味なのかもしれない。

冷戦時代、ロシアはアメリカの敵=日本の敵であった。日米にとどまらず、西側全体から「冷血人間」扱いされていた。真っ向からソビエト批判したスティングの『ロシアンズ』なんかはその極みだったと思うのだけれど、『こねこ』に出てくるような愛すべきロシア小市民たちは、「ロシア人といえども自分の子どもはかわいかろうに」というあの歌を一体どう聴いたのだろう。

2012年2月19日日曜日

いのちの輝き:フルフォード博士が語る自然治癒力




















最近、「プレ更年期」という言葉を耳にするようになった。体温計のTERUMOは、「最近では30代後半~40代半ばの女性でも、更年期障害に似た症状に悩まされているケースが増えてきています。このようなケースが『プレ更年期』なのです」と定義している。

なぜそういうケースが増えてきているのかというと、全般的に(何でもかんでも)訴えが増えていることに加え、現代社会特有のストレスや環境汚染の影響が色濃い。つまり、昔の女性がじっと我慢してやり過ごしていたようなことを、何かと甘やかされてきた現代の30代後半~40代半ばの女性が声高に訴えているが、以前は存在していなかったか、それほどひどくはなかった様々な問題が起きているのも事実なので、それらとの関連で彼女らの訴えにも耳を傾けるべきだというわけ。もっとも、メタボ同様、こうした訴えに最も熱心に耳を傾けるのは製薬会社や医療機器メーカーだろうが。

あちこちで取り上げられているプレ更年期の症状を見ると、自分にも思い当たる点がいくつもある。いずれも、ほんの5年前には感じなかったことだ。閉経期を迎えているか否かの違いだけで、症状的にはプレも普通の更年期もさほど変わりないらしい。 

ここで自分の人生本の一つ、『いのちの輝き:フルフォード博士が語る自然治癒力』(翔泳社)のこのくだりを思い出す: 

「配偶者にたいする配慮でつぎに重要なのは、自分の健康を維持するということである。わたしの患者に、閉経期特有のイライラや不快感がひどくなり、夫にあたりちらして、結婚生活を破たんに追い込んだ婦人がいる。カルシウム剤をしっかりのんでからだのバランスをととのえれば治るものを、それをのむ余裕もなく、イライラを募らせていたのである」(第6章「健やかな生、穏やかな死」:結婚生活より) 

カルシウムは「骨や歯を丈夫にする」以外にも、筋・神経の重要な情報伝達を担っている。上記の文章は一見、「カルシウムが不足するとイライラする」という一般的誤解を煽るようだが、博士が言っているのは「更年期はホルモンのバランスが崩れ、普通なら非常に安定しているはずの体内カルシウム濃度が低下することから、骨粗しょう症や自律神経失調症などからだの不調をきたしやすい。それがイライラのもとになるので、まずはカルシウムを補給してからだのバランスをととのえよう」ということだと思う。 

自分が注目したのは、改善の余地があったものを、無知ゆえにこじらせ、大切なものまで失ったという、この気の毒なケースが示唆するところの教訓(女性たちよ、知恵を働かせ、自衛せよ)だ。 

本書はオステオパシー医学の権威であったフルフォード博士の知恵と愛に満ちあふれている。特に第7章「霊性を高める」には、どれほど大きな影響を受けたか計り知れない。その真価が本当に分かるのはこれからである。

2012年2月13日月曜日

イジス写真展:パリに見た夢
























「イジス写真展 -パリに見た夢」を観に、京都駅前の伊勢丹ミュージアムまで出かけた。

鑑賞前は心身ともにやや不調気味だったのが、鑑賞後は改善されて(というか、そんなものどうでもよくなった)、機嫌良くケーキを食べ、夕暮れの川べりを散歩して帰った。


仕事はそろそろ出口が見えてきた。片足を翻訳の海に浸したまま、気分転換にこまごまとしたものを作って遊んでいる。


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