2011年11月15日火曜日

翻訳の海





















翻訳している時とそれ以外の時とで、わりと解離がある方だと思う。

翻訳モードに入らなければ、簡単な文章でもさっと訳せない時がある。タイムズ誌なんかを持ってこられてもちんぷんかんぷんで、そうなると相手の顔にも、「こいつ、ほんとに翻訳家か?」という疑惑の表情がありありと浮かぶ。

 

翻訳モードは、海の中に潜っている状態に似ている(潜ったことないけど)。一度潜れば、地上のことは一切考えられなくなる。悩み事を忘れ、忘れてはいけないことも忘れる。その間に話しかけられても気づかないことが多い。
 

自分では、海女さんになったような気でいる。海の中は自由だ。インターネットが普及してからは、瞬時に世界中の海に出られるようになった。

一日中海の底で作業をし、くたくたになって陸に引き上げた後の語学力はひどい。そういう時、何か小難しいことを訊かれたら(飲み会なんかでたまにある)、どもる、言いよどむ、言い間違える、固有名詞が出てこない、笑ってごまかす――職業を記した名刺を渡すのもはばかられる。

 

最近、「解離」は「老化」に名を変えつつある。